アンテナヘッドライン

歴史

淡々と画像を貼るスレ オーパーツ・ロストテクノロジー編5

投稿日:2016年10月13日 21:30

5d2672da


前:淡々と画像を貼るスレ オーパーツ・ロストテクノロジー編4

201: 名無しさん@おーぷん 2015/09/01(火)20:29:42 ID:uCU
バベルの塔(Tower of Babel)

バベルの塔は、旧約聖書の冒頭に書かれた「創世記」(11章)に登場する、巨大な塔。
神話の建物とする説が一般的だが、一部の研究者は紀元前6世紀にバビロンのマルドゥク神殿に築かれた、
「エ・テメン・アン・キのジッグラト」がバベルの塔であるという説を提唱している。
もしくは、「ジッグラト」(古代メソポタミアの聖なる塔。複数ある)そのものがバベルの塔のモデルになった考えられている。
バベルはアッカド語で「神の門」を意味するが、聖書ではヘブライ語の「balal(バラル)=混乱/混迷」を指す。

「古代の全ての地は、同じ言葉と同じ言語を用いていた。
人々は技術を手に入れ、その進歩とともに傲慢になり、やがて天まで届く塔を建てようとした。
神は人間の高慢な企てを知り、心配し、怒った。そして人間の言葉を混乱(バラル)させた。
主はそこから全ての地に人を散らされたので。彼らは街づくりを取りやめた。」

この物語には、当時のメソポタミアの都市・バビロンへの批判が込められているという解釈もある。
実際にある国の腐敗をモデルとし、物語で批判するという解釈は、
プラトンのアテナイ批判が込められたという説のある「アトランティス伝説」の解釈と似る部分がある。

no title


実際にあった聖なる塔「ジッグラト」の残骸
no title

202: 名無しさん@おーぷん 2015/09/01(火)20:34:00 ID:uCU
バビロンの空中庭園(Hanging Gardens of Babylon)

バビロンの空中庭園は、古代ギリシアの数学者・フィロンが選んだ「世界の七不思議」の建造物の1つ。 
名前からは重力に逆らって空中に浮かぶ庭園のようなイメージが浮かぶが、実際は高台に造られた屋上庭園だった。
現在のイラク・バグダード郊外にそれらしき遺跡が残っている。

紀元前600年頃に新バビロニアの王ネブカドネザル2世が、
砂漠の国に輿入れするのを嫌がった王妃アミュティスを慰めるため、バビロンに庭園を建造したとされる。
宮殿の中に作った高さ25m・5段の階段状になっているテラスに土を盛り、水を上まで汲み上げて下に流し、樹木や花などを植えた。
あまりの大きさのため、遠くから見ると空中に吊り下げられているように見えたという。
水を汲み上げる方法については、らせん水揚げ機などの説があるが完全には分かっていない。
紀元前538年のペルシアによる侵略で破壊されたといわれている。

no title

no title

205: 名無しさん@おーぷん 2015/09/01(火)20:36:30 ID:uCU
バビロンの城壁(Walls of Babylon)

バビロンの城壁は、古代ギリシアの数学者・フィロンが選んだ「世界の七不思議」の建造物の1つ。
しかし「バビロンの空中庭園」と混同されたためか、後世には七不思議入りしておらず、
代わりに「アレクサンドリアの大灯台」が入れられている。

新バビロニア王国の首都バビロンを取り巻く城壁で、高さ約90m、厚さ約24m、総延長は数十kmにおよび、100の門と250の塔をそなえていたとされている。
有名なものに、北域に位置する8番目の門「イシュタル門」がある。
城壁は二重になっていて、「生命の樹」という不老不死になる力を持つ木を王が探しに行くために、門を開ける儀式がある。
また、その時に壁の間をシルシュ(聖獣)が走っているといわれる。

no title


イシュタル門
no title

206: 名無しさん@おーぷん 2015/09/01(火)20:40:26 ID:uCU
エフェソスのアルテミス神殿(Temple of Artemis at Ephesus)

エフェソスのアルテミス神殿は、古代ギリシアの数学者・フィロンが選んだ「世界の七不思議」の建造物の1つ。
紀元前7世紀~紀元3世紀にかけてエフェソス(現在のトルコ)に存在した、
狩猟・貞潔の女神(後に月の女神にもなった)アルテミスを奉った総大理石の神殿。現在は原形をとどめていない。

最初の神殿は紀元前700年頃の物で、キンメリア人によって破壊され、紀元前550年頃にリディアの王によって再建された。
紀元前356年に放火で再び失われ、紀元前323年に三度建てられた。
異なる記述も多々あるが、プリニウスによれば、神殿は広さ縦115m、横55mで、高さ18mの柱127本からなっていた。
1863年から大英博物館の考古学探検隊がエフェソスの発掘を続け、7年後ついに深さ4m半の泥の中から神殿跡を発見した。

no title

no title

207: 名無しさん@おーぷん 2015/09/01(火)20:44:22 ID:uCU
ハリカルナッソスのマウソロス霊廟(Mausoleum at Halicarnassus)

ハリカルナッソスのマウソロス霊廟は、古代ギリシアの数学者・フィロンが選んだ「世界の七不思議」の建造物の1つ。
ハリカルナッソス(現:トルコの港湾都市ボドルム)にあった、
カリアの王マウソロスとその妻アルテミシアの遺体を安置するために造られた霊廟。
マウソロスの死から3年後の紀元前350年に完成したといわれている。

妻アルテミシアは霊廟建設の費用を全く惜しまなかった。
彼女は当時最も優れた建築家と芸術家を連れてくるためギリシアに使いを送り、2人の一流建築家と4人の高名な彫刻家が造営に参加した。
王の死から2年後、アルテミシアも後を追うようになくなった。
伝説によれば、彼女は夫マウソロスの遺灰をワインに混ぜて飲み、悲しみのうちに息絶えたといわれている。
この伝説から、アルテミシアは献身的な妻の象徴にもなっている。
霊廟は1856年に、書物でおおよその位置を把握していた大英博物館の考古学者チャールズ・ニュートンによって発掘された。

no title

no title

208: 名無しさん@おーぷん 2015/09/01(火)20:48:29 ID:uCU
オリンピアのゼウス像(Statue of Zeus at Olympia)

オリンピアのゼウス像は、古代ギリシアの数学者・フィロンが選んだ「世界の七不思議」の建造物の1つ。
紀元前435年に、古代の高名な彫刻家ペイディアスによって建造された天空神ゼウスの彫像。
主に古代オリンピックにおける奉納競技の本尊とされていたといわれる。

紀元前5世紀頃、オリンピアに「ゼウス神殿」が建造され、ゼウス像はこの神殿の奥に収められた。
座像でありながら全長は約12mもあり、
紀元前1世紀頃の地理学者ストラボンは「もしゼウス像が立ち上がったら、屋根を突き抜けてしまうだろう」と記述している。
西暦394年、ゼウス像はオリンピアからビザンツ帝国に移された。その後の消息は不明だが、おそらく焼失したものと考えられている。
1958年にゼウス像の建造に使用されたと考えられる工房が発見され、この発見によってゼウス像の全容の解明が進められた。

no title

no title

209: 名無しさん@おーぷん 2015/09/01(火)20:53:20 ID:uCU
トロイアの木馬(Trojan Horse)

ギリシア神話に登場する装置。「トロイの木馬」とも言われる。
木馬の中に人が隠れることができるようになっており、トロイア戦争においてトロイア(イーリオス)を陥落させる決め手となった。
古代都市イーリオスは長く神話上のものと思われていたが、19世紀末、ハインリッヒ・シュリーマンによりトロイア一帯の遺跡が発掘された
現在では第7層がトロイア戦争のあったと伝えられる時期(紀元前1200年中期)であると考えられている。

トロイア戦争にまつわる叙事詩の全てが架空のものではないとすれば、その中心はやはりイーリオスの破壊と考えられる。
都市が火災に見舞われたことは考古学的に間違いないが、それが侵略によるものかどうかは、可能性としてはかなり高いものの推察の域を出ない。
また、神話において戦争の勝敗を決定づけた「木馬」はまだ見つかっていない。
トロイアの木馬が神話をドラマチックに見せるための空想だったのか、それとも実在した装置だったのかは、未だ不明である。

no title


映画「トロイ」で使われたセット
no title

210: 名無しさん@おーぷん 2015/09/01(火)20:56:31 ID:uCU
ロードス島の巨像(Colossus of Rhodes)

ロードス島の巨像は、古代ギリシアの数学者・フィロンが選んだ「世界の七不思議」の建造物の1つ。
紀元前3世紀頃にリンドスのカレスによってエーゲ海のロードス島に建造された、太陽神ヘーリオスをかたどった彫像(コロッソス)。
全長は34m、台座まで含めると約50mになり、ニューヨークの自由の女神像に匹敵する大きさだった。

巨像が完成したのは着工から12年後の紀元前284年とされている。
58年後の紀元前226年にロードスで地震が発生、巨像は膝から折れて倒壊した。
巨像は800年間にわたってそのまま放置され、残骸を見物するために多くの人が訪れた。
西暦654年、ムアーウィヤの軍がロドスを征服し、イスラム教徒で偶像崇拝を禁じている彼らは巨像をスクラップにした。
結果、現在では巨像はカケラも残っていない。
巨像のイメージは港口をまたぐ姿勢とされているが、これは1つの伝説が元になっており、本来の姿は分かっていない。

no title

no title

211: 名無しさん@おーぷん 2015/09/01(火)21:04:05 ID:uCU
アレクサンドリアの大灯台(Lighthouse of Alexandria)

古代ギリシアの数学者・フィロンが選んだ「世界の七不思議」の建造物の1つに加えられているが、
彼は自分の国の不思議を考慮しなかったため、実際には七不思議に含まれていない。
紀元前3世紀頃にエジプト・アレクサンドリア湾岸のファロス島に建造された灯台。「ファロス島の大灯台」とも呼ばれる。

灯台の高さは約134mで、当時は地球上で最も高い人工物の一つだった。
建材には大理石が用いられ、頂点には鏡が置かれた。日中はこれに陽光を反射させ、夜間は炎を燃やして反射させていた。
796年の地震で大灯台は半壊し、その後の1303年と1323年の地震で完全に崩壊。
1480年頃、残骸を利用して要塞が建造され、大灯台は完全に消滅した。
1994年にダイバーによって遺構が発見され、衛星調査でさらに解明が進むことになる。
また、戦時には鏡の反射光を敵の船めがけて照射し、船が海岸に到達する前に燃やすことが出来たという伝説がある。

no title

no title

212: 名無しさん@おーぷん 2015/09/01(火)21:11:57 ID:uCU
レイライン(Ley Line)

「古代の遺跡には直線的に並ぶよう建造されたものがある」という仮説で、その遺跡群が並ぶ直線。
レイラインの存在は、1921年にイギリス人のアマチュア考古学者アルフレッド・ワトキンスによって提唱され、
著書「The Old Straight Track」によって遺跡の直線的配置性が話題となった。
地図を開けば確かに遺跡が直線上に並んでいるように見える部分が多くあるが、レイラインを認める動きは学術的には主流とは言えない。
主な理由は、「古代の人々がどうしてそんな直線性を持たせたのか」が不明な事、
また、「直線性は偶然に発生したのでは」という疑いに対する解答が得られていない事とされる。

考古測地学を用いて解析すると、レイラインと呼ばれるものは古代人が測量し、所有権を主張するために引いたか、
単に一般的な街道を作ったものとも推察できる。
近代的な測量により、「地形」においてもこうした直線性があることも確認されている。
ニューエイジ(新世界主義)の間では、レイラインやレイライン同士の交点は、
「風水」「ダウジング」「UFO」のようなものを含む神秘的、超自然的なエネルギーに共鳴する地点だと考える説がある。

no title

no title

213: 名無しさん@おーぷん 2015/09/01(火)21:15:27 ID:uCU
レイライン その2

ニューエイジ派の地相学者たちによると、
レイラインを描くことで大地を調(ととの)えられたり、有史以前の交易路を明らかにすることが出来ると言われている。
懐疑論では、 ランダムに点を結んでもレイラインらしく見える直線が引ける(画像参照)という意見を出し、
地図上に直線が見えることは矛盾しないし、矛盾しないが故にこの直線を説明する必要はないという考えがある。
また、自然発生説やオカルトへの対応として、「仮説検定」「反証可能性」「オッカムの剃刀」(仮定を最小に留める事)などを用いて、
事実をきちんと説明できる土台を作るよう提案している。

レイラインについては幅広い信仰や理論があるが、それらの多くは反証可能でなく、基本的に科学的な検証方法に則っていない。
しかし、レイラインと呼ばれているものは遺跡が「偶然」そう見えるように並んだ結果に過ぎないという説も、
レイライン説を否定する的確な説というわけではない。

no title


80本の直線がランダムな137点に対して描ける図
no title

214: 名無しさん@おーぷん 2015/09/01(火)21:18:06 ID:uCU
<ロストテクノロジー>

ローマン・コンクリート(Roman concrete)

「古代コンクリート」とも呼ばれる、ローマ帝国の時代に使用された建築材料。
セメント、および「ポッツォーリの塵」と呼ばれる火山灰を主成分としている。
現代のコンクリートはカルシウム系バインダーを用いた「ポルトランドセメント」だが、
古代コンクリートはアルミニウム系バインダーを用いた「ジオポリマー」であり、およそ倍以上の強度があったとされる。
例えば、日本のコンクリート建造物の寿命は約50年~100年程度と言われているが、ローマの「コロッセオ」は2,000年近く経過した現在でも形状を保っている。
また、ジオポリマーで作られたコップはコンクリートの床に落としても陶器のように割れることなく跳ね返るなど、極めて強靭な性質を備える。
ローマン・コンクリートは、ローマ帝国の滅亡後に使用された痕跡はない。

近年、古代コンクリートは徐々に見直されつつある。
強度が高く、強度発生までの時間が短いため、軍事面での応用や研究も行われている。
また、鉄道の枕木、下水管、滑走路や石造りの建築物の補修など、広範囲の用途で試験が始まっている。
さらに、現代のポルトランドセメント製造は環境に悪影響で、CO2排出量は産業全体の実に7%に相当するが、
古代コンクリートは環境にやさしい点も注目されている。

パンテオン
no title


コロッセオ
no title

215: 名無しさん@おーぷん 2015/09/01(火)21:26:55 ID:uCU
ローマ水道(Roman aqueduct)

紀元前312年~西暦200年代にかけて、古代ローマで建築された多数の水道。
これらの水道は古代の土木建設で最も偉大な業績の1つであり、古代ローマの滅亡後1000年以上、これに匹敵するものは作られなかった。
現代でもこの水道は多くの都市で実用に供され、2000年以上も水を供給し続けている。

都市ローマ内の水道は合計350kmになり、ほとんどは地下を流れていて、例えば動物の死骸が原因の腐敗を避けることができ、敵の攻撃からも守られた。
水道は非常に精巧に作られており、厳密な許容誤差内で建築されていた(1kmあたり約34cmの誤差)。また、重力を利用した効率も良さも挙げられる。
ローマ市で供給された1日の1人当たりの水量は約1000Lで、現代の東京都民の水使用量233Lを遥かに凌ぐ。
また、「サイフォン」と呼ばれるパイプの圧力を利用して水を上昇させており、現在の水力技術も上下水道で同様の技術を使用している。
施設を構成する建造物には、連続アーチ構造の水道橋、不純物を沈殿除去する沈殿池、末端の分水施設などがあった。
これらの施設には石やレンガの他、強度の高いローマン・コンクリートも使用されている。
偶然の故障やメンテナンスに対応するため、地下の導水渠には一定の間隔でマンホールが設けられていた。
ローマ帝国の滅亡で、ローマ水道は敵により徐々に破壊されていき、その他の水路もメンテナンス不足により故障し、水道技術は大幅に衰退・停滞した。

no title

no title

216: 名無しさん@おーぷん 2015/09/01(火)21:31:44 ID:uCU
ペルーの農業用水路(Irrigation in Peru)

南米・ペルー北部、標高2,750mの山に囲まれた盆地に、カマハルカ(Cajamarca)という都市がある。
カハマルカから約20kmの地点に巨大な岩が乱立する「クンベ・マヨ」(Cumbe Mayo)という場所があり、
ここには岩に掘り込まれた精緻な水路がある。

この水路が作られたのは紀元前900年頃とされ、当時はプレ・インカ文明が繁栄していた。
水路の長さは合計20km以上で、コース上にある巨石には30cm程度の鋭利な切断面があり、それが岩盤の中を100m以上伸びていて、途中で直角に曲がっている。
この切り口は刃物を使っても作れないといわれ、レーザー光線のようなものが使用されたかもしれないという説がある。
また、水路の中には幅が20~30cm且つ深さが約2mある個所もあり、機械を使ったのではないかともいわれる。
機械やレーザーを用いる技術があればこのような原始的な水路を作らないとも思えるが、詳しい加工方法は不明。

no title

no title

217: 名無しさん@おーぷん 2015/09/01(火)21:52:04 ID:HZJ
>>216
コレなんか好きなんや
ローマの水道もええな

223: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)06:34:33 ID:DS5
ギリシアの火/ギリシア火薬(Greek fire)

東ローマ帝国で使用された焼夷兵器。「液火」などの別称がある。
海戦で使用され、水上に浮いている間ずっと燃え続けるという性質を持ち、
帝国の多くの軍事的勝利において鍵となる役割を果たしたとされる。
特に、首都コンスタンティノープルをアラブ軍の2度に渡る攻囲から救出したことで、帝国は生き残ることが出来た。
ギリシア火薬は国家機密とされていたため、帝国の滅亡とともに製造方法が失われた。

配合の問題は推測や議論のまま残されており、松脂、ナフサ、酸化カルシウム、硫黄または硝石の混合物とする意見が見られる。
ギリシア火薬は672年頃に開発されたもので、火矢と可燃性の物質を充填したポットは紀元前9世紀初頭から既に使われていた。
火薬の機構を再構築しようとする時に与えられる条件は、
「水上で燃焼する、または水によって着火する」「液状の物質で、発射体ではない」
「海上において、常にサイフォンから放射される」「放出の際、『雷』および『多量の煙』が伴う」ことなどが挙げられている。

スキュリツェス年代記に描かれたギリシア火薬
no title


ゲームにも登場した
no title

224: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)06:38:57 ID:DS5
アイオロスの球(aeolipile)/ヘロンの蒸気機関(Hero engine)
※ロストテクノロジーではありません

「アイオロスの球」は、紀元1世紀頃に発明された、熱することでロケットのように噴射して回転するジェットエンジン。
古代ギリシャの数学者・工学者であったアレクサンドリアのヘロンが開発した初めての蒸気機関/蒸気タービンで、
「ヘロンの蒸気機関」とも呼ばれる。
実際の発明者は完全には分かっていないが、多くの文献は彼が発明者だとしている。
なお、アイオロスはギリシア神話の風の神を指す。

球体・円柱の形をした単純な回転体の容器で、1つの軸を中心として回転する。
複数のノズルが軸に対して放射状に配置されており、それぞれの先端は回転方向の逆に曲がっている。
容器内を蒸気で加圧すると蒸気がノズルから排出され、ロケットの原理で推力を生じる(画像参照)。
容器を固定する台の部分は単純なボイラーになっていて、水を熱して蒸気を容器に供給する。
アイオロスの球が古代に「エンジン」として実用に供されたかどうかは不明とされている。
ヘロンの図に描かれているのは単独の装置であり、見世物を意図したものだろうという説もある。
アメリカ海軍ではこの発明の蒸気技術への貢献を認識し、ボイラー技術者の階級章にアイオロスの球の形を採用している。

no title

no title

225: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)06:44:16 ID:DS5
ガルム(Garum)

古代ローマで主な調味料として使われていた発酵調味料で、「魚醤」の一種。
ローマ世界で最もよく使われたが、発祥は古代ギリシアとされる。
等級によってガルムはローマ庶民の日常の食品になり、富裕層向けの高級品にもなった。
最高級のガルムはキャビアほどではないにしろ、高級な香水と同程度の価格で取引されていたという。

サバ、アンチョビ、マグロやカツオ、スプラット(キビナゴ)、イワシなど脂ののった様々な魚の内臓を細切れにし、塩水に漬けて発酵させて作る。
完成品はまろやかで繊細な風味だが、発酵中はひどい臭いがするため、生産者は近所から苦情が来ないよう都市の郊外で生産した。
家庭ではワイン、酢、コショウ、油などと混ぜて、色々な料理の供にされた。
ガルムはローマ帝国の滅亡と共に製法が途絶えており、現在では魚醤自体ヨーロッパで珍しいものとなっている。

no title


漫画テルマエ・ロマエでは日本のしょっつるがガルムに似ていると言われてました
no title

226: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)06:55:19 ID:DS5
ダマスカス鋼(Damascus steel)/ウーツ鋼(Wootz steel)

ダマスカス鋼は、木目状の模様を特徴とする鋼であり、古代インドで開発・製造された「ウーツ鋼」の別称。
インド産のウーツ鋼を使用し、シリアのダマスカスで刀剣などに鍛造されたことから、 この名がついた。
現在は、異種の金属を積層鍛造して同じような模様を浮かび上がらせた鋼材も「利器材ダマスカス鋼」と呼ばれているが、
本来のダマスカス鋼は19世紀に生産が途絶えたため、現在は製造技術が失われている(製鉄・鍛造方法はほぼ再現が完了している)。

インド産のウーツ鋼は、鉄鉱石からルッペという鉄片を作り、生木の葉と共にるつぼに入れてインゴットを得た後、
それを鍛造加工することにより表面に複雑な縞模様が顕れるという方法が用いられた。
当時、ヨーロッパでは錬鉄といわれる不純物を含んだ鉄を鍛造・精製方法が採られていたので、
ウーツ鋼は東洋の神秘、刀剣用の高品質の鋼材として珍重された。

ダマスカス鋼でできた剣は名誉ある騎士に贈られ、また、彼らの憧れの的だった。
剣の切れ味は「絹のネッカチーフが刃の上に落ちると自重で真っ二つになる」「鉄の鎧を切っても刃こぼれしない」等と評価されている。
(木目模様と違い、切れ味はそれぞれの剣で変わると思われる。また、再現において切れ味は恐らく考慮されていない)

no title


ウーツ鋼を用いたインドの短剣(柄は翡翠)
no title


再現プロジェクト
no title

no title

no title

227: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)07:05:23 ID:DS5
綾杉肌/八雲肌

日本刀にも、木目のように複雑な模様を持つものがある。
鉄を折返し鍛錬を続ける(鍛え肌)と様々な模様が現れ、肌の特徴は流派によって変わる。

「綾杉肌」は波のうねりに似た曲線模様の地肌で、出羽国の月山一門の特徴である事から「月山肌」とも呼ばれる。
この地肌は素延べの際に先が丸い鏨(たがね)を用い、刃の方向に向かって地を斜めに鋤き取り、打ち延ばす事によって生じるとされる。

「八雲肌」は混ぜ鉄により鍛えられた特殊な地肌の1種。
肌の模様は幾重にも重なった雲を連想させ、それを文学的に名付けたものとされる。
水戸の藩主・徳川斉昭が「烈公」と号して鍛刀した際の地肌となっている 。

綾杉肌
no title


八雲肌
no title

228: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)07:12:14 ID:DS5
ウルフバート(Ulfberht)

北欧・スカンディナヴィアで用いられたヴァイキングの刀剣の一種。
西暦800~1050年頃、ヨーロッパではヴァイキング全盛の時代だった。
彼らが使用していた剣 「ウルフバート」は、これがあれば戦闘で負けなしと言われるほどで、
通常の剣より遥かに優れた耐久性を持ち、敵の鎧を容易に貫通した。

全てのウルフバートには、剣の平に「+VLFBERH+T」と刻印されている。
現在171本のウルフバートが見つかっているが、「本物」と確認されたものは数本しかない。
この剣は誰が作ったのかも、+VLFBERH+Tの意味(ラテン文字で書かれている)も判明していないが、
最新の調査では、製作者はドイツの修道士である可能性が挙げられている。

また、ウルフバートは様々な成分調査から「インド産のるつぼ鋼」が用いられたとされており、
この鋼は二次加工によってダマスカス鋼にもなる鋼で、非常に純度が高い。
つばの部分には高い濃度の砒素が含まれた鉄が使われ、これはヨーロッパが原産である事を示す。
剣の製造工程についても謎が多く、ウルフバートにはほとんど不純物がなく、
鉄をここまで熱するための炉は産業革命で初めて発明されたと考えられている。

no title


鍛冶職人に聞くと、完全な再現は難しいという
no title

229: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)07:18:37 ID:DS5
西洋剣術(Swordsmanship)

西洋で発達した剣技。
騎士の時代、日本と同じように剣術は武術の中の1つであり、短剣術、長柄の武器術、組打ち術と同格に扱われた。
接近すると長柄の武器を捨てて短剣に切り替えることは、戦場においては必要だった。
また、弓やクロスボウが騎士の技術としては存在せず、それらは兵士身分の技術であり、騎士は白兵戦を好んだ。
血が付いて切れなくなったり、刃が欠けて使い物にならないと実用性に欠けるため、西洋剣では切れ味よりも丈夫さが重視されていた。また、西洋の剣は両刃が多い。
したがって切れ味を重視する日本刀とは異なる戦闘技術が発達している。

西洋剣術は日本の古流剣術のように連綿と語り継がれているものではなく、
「銃」の発達によって、フェンシングなどスポーツとなっていたもの以外の実践的な剣術は学ぶ者がいなくなり、失伝している。
現在はアカデミックな研究が行われており、
古い文献などから復元を試みている研究者や観光資源として再現している人物がいるが、解釈の違いや修正部分が多々ある。

no title


レイピアは護身用の剣であり、決闘にもよく使われた
no title

230: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)07:34:01 ID:DS5
古刀

古刀(ことう)は、慶長以前に造られた日本刀。
刀身性能と刀身美の頂点に君臨する日本刀として評価されている。
「古刀期」は平安時代以前~室町時代、「新刀期」」は慶長~寛永、「新々刀期」は天明~明治の廃刀令までを指す。
それ以降は「現代刀期」になる。
古くに造られた古刀期の日本刀の方が、刀鍛冶の技術交流や鉄の精錬技術が進んだ新刀期以降の日本刀よりも優れた作品が多い。
これは、古刀期から新刀期になる時期を境として、日本刀の製作方法や用いられる鉄材に大きな変化があったためとされる。

古刀は舶載鉄、国産塊錬鉄、銑(ずく)、南蛮鉄、その中間物質が混ざった素塊などを卸した地鉄を使っていたと推定されているが、
江戸中期からは「玉鋼」が日本刀の素材として使われるようになった。
江戸期の鎖国で輸入鉄が無くなったのが主な理由で、国産の鉄を作らざるを得なくなり、その結果劣化版ともいわれる玉鋼が生まれたそうだ。
また、江戸・泰平の世は実戦が無くなった為に刀の本質が薄らぎ、専ら刀身美に関心が集まったため、
刀身美を競う刀が多く造られた事も影響している。
古刀の鋼材・作刀法は未だ謎に包まれた部分が多く、刀匠の制作の方法等は口伝で語られる事が多かったため、再現は難しいとされる。

国安の太刀(重要文化財)
no title


長篠一文字(国宝)
no title

231: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)07:55:39 ID:DS5
カラーもあった

短刀 相州国光(重要文化財)
no title


太刀 長船長光(国宝)
no title

243: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)08:59:09 ID:7ei
>>231
やっぱり日本刀は美しいンゴねぇ

232: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)07:58:23 ID:DS5
虎徹

江戸時代の名工・虎徹が作った刀。
彼は古い刀の鉄を溶かして刀を造っており、元は「古鉄」と名乗っていた。
虎徹の作刀は地鉄が緻密で明るく冴え、鑑賞面にも優れ、切れ味が鋭い名刀として名高い。
また、井伊直弼の差料だった脇差などを見ても分かるように、大名など上流階級が所蔵する品で人気が高く、
そのため「虎徹を見たら偽と思え」という格言が生まれた。
世の中に虎徹と銘のある刀は3,000振り存在し、その中で虎徹名鑑に所載されている刀は150振りしかない。

太刀 長曽祢子虎徹(贋作か不明)
no title


流星刀
流星刀は、鉄隕石(鉄、ニッケル合金からなる隕石)を鍛えて作られた刀。
特に、明治時代、榎本武揚が富山県に落下した隕鉄を、刀工の岡吉国宗に依頼して作った流星刀が有名。
鉄と比べて柔らかすぎる隕鉄の加工に苦労したとされ、試行を重ねた結果、隕鉄60%に鋼40%の分量で混合し、鍛えあげることに成功。
流星刀は大小4振り製作され、その内2振りは当時の皇太子(後の大正天皇)に献上された。

no title

233: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)08:00:23 ID:IMf
日本刀 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

236: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)08:02:30 ID:DS5
和釘
※ロストテクノロジーではありません

和釘は、日本独自に発達した釘の一種。
洋釘が日本に伝わるまでは、日本の釘は全て和釘だったが、やがて洋釘が一般となり和釘は消滅した。
和釘に使われている鉄は純度が高く、非常に錆びにくいことで知られる。
世界最古の木造建築である法隆寺の解体修理で出た釘は、3本の内1本がフランスの「鉄の歴史博物館」に贈られ、
残り2本は日本で収蔵されている。

古代の日本建築に釘が使われてないというのは間違いで、固定していないだけで実際には釘が使われていた。
現在の鉄は大量生産で、純度よりも量が優先されるため、和釘を作る機会はほぼない。
鉄を特に精錬する必要があるとされ、実際に少量作られたことがあるそうだ。

no title

no title

241: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)08:39:48 ID:3aP
>>236
固定しないならなんのために釘使ってたんや?

242: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)08:53:20 ID:xdF
>>241
仮止めやないか?

237: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)08:17:02 ID:DS5
零式艦上戦闘機

零式(れいしき)艦上戦闘機は、第二次世界大戦期における日本海軍の主力艦上戦闘機。
愛称は「零戦」(ぜろせん)。連合軍側のコードネームは「ZEKE」(ジーク)。
2,200kmに達する航続距離、20mm機関砲2門の重武装、優れた格闘性能を生かして敵国の戦闘機に対し優勢に戦い、
米英のパイロットからも「ゼロファイター」と呼ばれた。
終戦まで運用され、その都度用途も拡大し、爆撃機や特攻機としても使われた。
開発元は三菱重工業で、半数以上は中島飛行機でもライセンス生産された。

零戦は最大速力、上昇力、航続力を満たすため、極端に軽量化がなされている。
最高速度は500km/hを超え、初期型の急降下制限速度は629.7km/hだった。
軽量化のこだわりは随所に見られ、防弾燃料タンク・防弾板・防弾ガラス・自動消火装置などが搭載されていない事は勿論、
ボルトやネジなど細部に至るまで徹底した軽量化が追求されている。
そのため、当時の職人への技術頼りの面(特に翼の工程とされる)が強く、現代で同じものは作れないといわれている。

世界で唯一、オリジナルの栄エンジンで飛行可能な零式艦上戦闘機五二型(米国PLANES OF FAME所蔵)
no title


十二試艦上戦闘機(零戦)図面 1940年(昭和15年)
no title

239: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)08:20:10 ID:Gk9
ワイ無知
ゼロ戦と紫電は最近まで一緒と誤解

240: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)08:27:34 ID:aYj
コンビニなんかにおいてある暇潰し本より10倍面白いわ
これ書くのに滅茶苦茶時間かかってるんやろなあ

245: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)10:35:29 ID:DS5
大和の主砲(Main gun of Battleship YAMATO)
※ロストテクノロジー扱いされているが、現役の旋盤機はある

第二次世界大戦後、主に航空母艦の台頭や航空機、ミサイルの発達という理由により、戦艦は「無用の存在」となった。
更に、当時使われた12インチ(30.5cm)~20インチ(50.8cm)クラスの大口径砲の製造技術も失われてしまったといわれている。
旧日本海軍の戦艦「大和」は広島県呉市の海軍工廠で完成されたが、
大和に搭載された46cm45口径の主砲を製造したドイツ製の大型旋盤が今も、兵庫県播磨町の機械加工メーカーの工場に予備機として置かれている。

大和の製造に使われた現存する主要機械は、強度試験機を除くとこの旋盤のみとされる。
旋盤も当時は十数台が稼働していたが、占領軍によってこの1台を除く全てが破壊されている。
一部分解されているが、組み立てると長さ約20m、重さ約150t。
工場長の藤田義信氏(66)は「いつでも動かせる状態にしてある」と語っている。
(旋盤があるだけで大砲が作れるかどうかは分かりません 詳しい方助けて)

また、外国の戦艦主砲などに関しても、作ろうと思えば作れるがメリットがないという話もあるが、
根本の製造機械・ノウハウが消失したものが多い。

no title

no title


大和
no title


大和と姉妹艦の武蔵
no title


246: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)10:38:34 ID:DS5
醍醐/醍醐味

醍醐(だいご)は、仏教において牛や羊の乳を精製する過程で発生する五段階の味「五味」の1つ。
仏教の五味は、「乳味」「酪味」「生酥味」「熟酥味」「醍醐味」から成る。
醍醐は精製の段階を経て美味となった最高級の風味や乳製品を指し、濃厚な味わいとほのかな甘味を持った液汁とされている。
既にその製法は失われており、バターのようなもの、又はカルピスや飲むヨーグルトのようなもの、
または蘇(レアチーズ)を熟成させたものではないかといった推論にとどまっている。

平安時代以降、日本で乳飲料を飲用する習慣がなくなり、製法が絶えたとされる。
また、三代格式の1つである延喜式では、納税に用いる「蘇」(レアチーズ)の製造が規定されており、
蘇は醍醐を製造する前段階の乳製品であることから、
蘇をベースにさまざまな手法で醍醐を作り出す試みが食品研究家らによって行われている。

ちなみに、カルピスは当初「カルピル」という名前が考案されており、名前に醍醐が取り入れられていたが、
語感がよくないという理由で変更された。

no title

247: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)10:41:21 ID:DS5
北宋・汝窯の青磁

「青磁」(せいじ)は、紀元前14世紀頃の殷(中国)を起源とする青磁釉を施した磁器、または炻器。
特徴的な青緑色は、素材に含まれる酸化第二鉄が、高温の還元焼成で酸化第一鉄に変化する事で発色する。
メノウを混ぜ込むことで、淡いピンク色になる事もある。

「汝窯」(じょよう)は、北宋時代に青磁を焼いた河南省清涼寺の窯。
汝窯の青磁は最高級品として知られ、澄み切った青空のような色彩(「天青色」とも表現される)をしている。
高麗の滅亡後、職人の多くが海外に流出、あるいは白磁の製造に切り替えるなどしたため技術が失われた。
現存数は少なく、どれも非常に高価だが、復元への試みがなされている。

no title

no title


ちなみに、ガンダムでマ・クベがいいものだと言った「北宋の壷」は商品化している(約4万円)
no title

248: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)10:42:59 ID:DS5
曜変天目茶碗

天目茶碗は、「天目釉」と呼ばれる鉄釉(薬品)をかけて焼かれた陶器製の茶碗。
曜変天目茶碗は天目茶碗のうち最上級とされるもので、世界で3点(或いは4点)しか現存していない。
その全てが日本にあり、3点が国宝、1点が重要文化財に指定されている。
いずれも中国・南宋時代の作とされるが、作者は不詳。
ある時期、建窯でわずかな曜変天目茶碗が焼かれ、それから二度と焼かれることは無く、
なぜ日本にだけ現存したのかなど、多くの謎が残っている。

漆黒の器であり、内側には星の様にもみえる青・群青・銀・黄色などの玄妙な光沢・色彩を呈する大小の斑文が散らばり、
斑文の周囲は藍や青で、角度によって虹色に光彩が輝き、「器の中に宇宙が見える」とも評される。
現在、技術復元への努力が一部の陶芸家によって続けられている。
(2002年に陶芸家の林恭助が再現に成功したという記述があるものの、曜変の条件に沿うものは現在でも国宝の3点のみとされている)

no title

249: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)10:47:40 ID:DS5
ロレット・チャペルの螺旋階段/聖ヨゼフの階段(Loretto Chapel spiral staircase)

アメリカ・ニューメキシコ州サンタフェに、ロレット・チャペルという名の修道院がある。
ここには、「聖ヨゼフの階段」「サンタフェの奇跡」等と呼ばれる不思議な螺旋階段が作られている。
木造で2周ほどあるこの階段は、最大の特徴として「支えとなる柱や壁がない」事が挙げられる。
一般的な螺旋階段には、階段の内側か外側に支えるための支柱や壁が存在しており、
この支えがなければ階段は自重に耐え切れず、原型を保てないといわれる。

ロレットチャペルでは、螺旋階段について以下のような物語が語られている。
「1873年から修道院の建設が始まった。
建設は順調に進んでいたが、シスター達は完成間近となったチャペルで、2階の礼拝堂へ登る手段が忘れられている事に気づいた。
しかし時既に遅く、階段を設置しようとしてもスペースが無い。
そこで、シスター達は聖母マリアの夫である聖ヨゼフに9日間祈りを捧げた。
そんな祈りが通じたのか、9日目に白髪の老人が現れ、階段の作成を申し出た。
彼は、1本のノコギリ、定規、金槌だけを使い、半年掛けてこの螺旋階段を作成し、そのまま姿を消してしまった」

no title

no title

no title

250: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)10:50:33 ID:DS5
ロレット・チャペルの螺旋階段/聖ヨゼフの階段 その2

最大の謎は、階段の製作方法にある。
支柱のない螺旋階段は、日本でも鳥取県の「仁風閣」に存在するが、その螺旋階段は壁を支えとした構造になっている。
また、支柱も壁もない、これと同じような階段はフランスのルーヴル美術館展内に存在する。
しかし、(物語が本当なら)老人1人が半年間に少ない道具で、しかも140年前の技術水準で製作出来るかは分からない。

聖ヨゼフの階段は単に柱や壁がないだけではなく、十数人の人間が同時に乗ってもビクともしない強度を持っている。
仮説として、「内側の螺旋の半径が小さいことから、この階段自身が支柱そのものである」、
「普通の階段より『弾力』があることから、コイルやバネと同じ原理で作られている」などが挙げられている。
日本の職人なら作れる、或いは作れると発言したという記述も時々見るが、その根拠となるものは不明。

仁風閣の螺旋階段(壁で支えるタイプ)
no title


ルーヴル美術館の螺旋階段(同じタイプ)
no title

251: 名無しさん@おーぷん 2015/09/02(水)11:06:40 ID:IMf
>>249
この話好き

元スレ:http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1441004610/

1001:名前をおもちでないようです 2036/13/01(餅) 00:00:00 ID:omochichannel.com

おもちちゃん90
悲しいかな、次で最後だぞ。

-歴史
-,

1002: おもちちゃん特選記事
2036/13/01(餅) 00:00:00 ID:omochichannel.com

1003: おもちちゃんねる関連記事
2036/13/01(餅) 00:00:00 ID:omochichannel.com

1004: おもちちゃん特選記事
2036/13/01(餅) 00:00:00 ID:omochichannel.com
1005: おすすめサイト新着記事
2036/13/01(餅) 00:00:00 ID:omochichannel.com

月別アーカイブ

カテゴリ一覧